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支え合い社会の責任について

【国内主要6紙の本日の社説】

2010年1月1日

(以下、掲載順は日々変更)

【産経新聞】
『日印安保協力 米国の大切さ再認識せよ』
『成長戦略 企業活力引き出せるのか』
(詳しくはこちらへ)
*表題は昨日のままです。

【東京新聞】
『年のはじめに考える 支え合い社会の責任』
(詳しくはこちらへ)

【日経新聞】
『繁栄と平和と地球環境を子や孫にも』
(詳しくはこちらへ)

【毎日新聞】
『2010 再建の年 発信力で未来に希望を』
(詳しくはこちらへ)

【読売新聞】
『「ニッポン漂流」を回避しよう 今ある危機を乗り越えて』
(詳しくはこちらへ)

【朝日新聞】
『激動世界の中で より大きな日米の物語を』
(詳しくはこちらへ)


【中東メディア 最近の主な社説表題】


日本語で読む中東メディアより

『アンカラから南東アナトリアを覆う、濃く厚い霧』(Radikal紙)
『Blut(血=エスニシティ) と Boden(地=領土)』(Cumhuriyet紙)
『政党への解党命令は合法か』(Radikal紙)
『トルコの抱える新たな問題=左派』(Radikal紙)
『入植を続行するイスラエルと米国の対応』(al-Hayat紙)
『ワールドカップ最終予選から生じたアルジェリアとエジプトの争いの正体』
(al-Quds al-Arabi紙)
『イエメン、ホースィー派とサウジの戦争』(al-Quds al-Arabi紙)


【世界主要紙 最近の主な社説表題】


世界日報さんのサイト世界の新聞は何を言っているか?より

ニューヨーク・タイムズ(米) 『カンボジアとウイグル族難民』
ワシントン・ポスト(米) 『自由の闘士を弾圧する中国』
ガーディアン(英) 『ついに英選挙でもテレビ討論』
ルモンド(仏) 『バチカンとナチズム』
ベルリーナー・ツァイトゥング(独) 『ロシアの人権は厄介な存在』
ストレーツ・タイムズ(シンガポール) 『鳩山首相の評価、拙速は避けよ』
人民日報(中国) 『ネットユーザーとの良い関係』
中央日報(韓国) 『日本はガム程度の金で韓国人を辱めるのか』
フィナンシャル・タイムズ(英) 『リスボン条約後のEU』


【桐鳳オススメのニュースサイト】

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独断と偏見はご容赦!【最近の社説の、ここに注目】

1日付「東京新聞」
『年のはじめに考える 支え合い社会の責任』の社説。


『私たちは歴史の大きな転換期のただ中にいるようです』との部分。

以前にも書いたが、例えば明治維新など、現代から見るとわずかの間に大きく世の中が変わったような印象を受けることでも、実際には数十年かけてのことだったりする。

それと同じく今現在も、百年後くらいの人たちから見るとベルリンの壁崩壊あたりを境にして、一瞬のうちに世の中が大きく変わったような印象を受けるのではないだろうか。

この数十年が、『大きな転換期のただ中にいる』ものだと、私も思う。


『一気のグローバル化が日本に見舞ったのは一億総中流社会への直撃弾でした』
『不安定雇用と低賃金労働は格差と働く貧困層を生みだしただけではありません。人々の行動と考えをカネ万能へと歪(ゆが)めました』
との一節。

よく、「中流」がなくなったといわれるが、私はちょっと違う印象を持っている。

結果としてこれまでの「中流」がなくなり格差が広がったのだが、先日来書いているように、私はこれを「普通」の水準が上がったことによるものだと考えている。

ここ20年ほどの間に急激にレベルアップした「中流」についてゆけずに振り落とされてしまった人たちと、「中流」以上の生活維持に必死になってしがみつき、『行動と考えをカネ万能へと歪め』てしまった人たちと...。

『企業に果てなき生産性向上とコスト削減競争を強い』るような『市場原理主義』の正体は、私たちの「より快適に・より便利に・より安く」ということに対する、とどまるところを知らない欲求によるものかもしれない。

しかし人類は、こうしたことを追及し続けてきたからこそ、発展をもまた遂げてきたのだろう。

人類発展の原動力となった「欲求」が、今度は逆に、人類滅亡の原因になるのではないか...。
そんな気もしてくる。


『福祉や社会保障は弱者救済や施しの制度ではありません。われわれ自身の安心のためのシステムです』

『個人の自己責任でリスクに備えるよりみんなで支え合う方が有効ですし、失われてしまった社会連帯の精神を取り戻すことにもなるはずです。』

以上の一節。

『福祉や社会保障は(中略)われわれ自身の安心のためのシステムです』
については、そうあってもらいたいものとも思う。

私自身、いつ失業者の群れの中に身を投じてしまうことになるかわからない。
「派遣村」に集まる方々の姿は、決して他人事として見ることはできない。

明日は我が身かも...。
そう思うからこそ、ワーカホリックといわれるほどに働いてしまうのかもしれない。

これだけ頑張っているんだから、万が一のときのためのセーフティネットは、しっかりしたものであってもらいたいものと思う。

しかし、そうすることで『個人の自己責任』を軽んじてしまう人が生まれはしないかという危惧もある。

「何とかなるさ」で何となく過ごし、結果として誰かに「何とかしてもらう」ような生き方をする人を支えたいと思うほど、私は度量が広くはない。

理想を言えば、例えば生活保護申請などの際、これまでの生き方などを鑑み本当に受給資格があるのかを、蓮舫女史のような仕分け人にバッサリと仕分けてもらいたいくらいだ。

『施し』であってはならないだろうが、『弱者救済』、或いは「弱者にチャンスを与える制度」ではあってほしいものと、個人的には思う。


『歴史的と呼ばれた昨年の政権交代の真の意義は国民自身の手で政権交代を実現させたことでした。国民の一人一人が統治の主体者として責任を負ったのです』

『政治や社会の傍観者であることは許されず、どんな社会にするかの主体的覚悟をも問われたのです。』

『権力の監視と批判を本来任務とするメディアの役割も重大です。新政権の打ち出す政策が真に国民みんなのためのものかどうか検証しなければならないからです』

『メディアもまた試されていることを胸に刻みたいと思います』

これらの一節。

政権交代を実現させたのも『国民自身の手』なら、5年前のいわゆる「郵政選挙」で小泉元首相を圧勝に導いたのもまた、『国民自身の手』によるものだ。

また、小泉元首相の人気を煽ったのも、選挙前から「民主党圧勝」を謳ったのも、共に『メディア』の手によるものだ。

「国民に支持された」などとしながら、実はそこに誘導しているのは、マスメディアなのではなかろうか。

例えば、選挙前からメディアが当落を予想することなど、やるべきことなのだろうか。

自分自身のためにも、私たち一人ひとりが『政治や社会の傍観者で』あってはならないし、また『主体的覚悟を』持つ必要があるものと痛感している。


基本的に、自分の人生は自分自身の責任と努力で切り拓いてゆかねばならない。

しかし、そういう覚悟で日々生きながら、それでも自分の努力ではどうしようもなくなってしまったとき。

そんな時には国や社会がしっかりサポートしてくれる...、そんな世の中であってほしいと、個人的には思っている。


メルマガ誌上では、社説引用文による要約も掲載しております


今日の雑感

本年も、よろしくお願い致します。


さて、日頃からあまりTVは観ない私ですが、正月は一段とTVがつまらなく感じます。

つい先ほど。

あるチャンネルのニュース番組で「年越し派遣村」の報道をしているその裏で、別のチャンネルが「大食い選手権」の放送をしておりました。

やっぱりこの頃、どこかおかしくなってはいないでしょうか。


【本日、あなたが最も共感しなかった社説は?】


2010年1月1日






締切:2010年01月02日22時00分
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